「これで光の性質とピンホールカメラの説明は終わり。さあ、今日の授業はここまで」 男が手を叩くと、子供達は歓声をあげて立ち上がった。 「ありがとうございましたー」 「せんせーありがとうございましたー!」 「おもしろかったー」 「見て見て、私の顔ちゃんとれてるー」 森に囲まれた小さな草原に、元気な子供達の声がはじける。 「おいおい、今日の夜は特別授業の天体観測やるんだろう? 早く家に帰って、夜までちゃんと休んでおきなさい」 「はーい」 「またねー眼鏡先生!」 しばらく子供達の駆け去る姿を見送った後、男はやれやれと額の汗をぬぐいながら、近寄ってきた女性を苦笑で迎えた。 「いや、学会発表より何倍も緊張するよ。慣れないし、思いも寄らないことを聞いてくるし」 「ふふ、でも楽しそうでいらっしゃいましたよ?」 彼…よけ藩国でマッドサイエンティストにして医者を職に持つ男は、美しい秘書に用済みになった授業の資料を手渡した。 「それで、治療を必要としている人は?」 彼が子供達相手に青空学校の授業をしている間、彼の美人秘書は児童の親達から、生活上での心配事等の情報を集めていた。 「ええ、風邪を引きかけている赤ちゃんが2名ほど。打撲1名、切り傷若干名。お年寄りで腰の具合が悪い方1名。幸いなことにこの地区には緊急に治療を必要とする方はいらっしゃいませんでした」 「わかった、後で回ろう」 「修理など土木作業が必要なところのアンケート用紙は、夜の授業の時に、子供さんを迎えに来る親御さんから先生役の星見司さんが回収して案件を整理後、理力建築士の事務所に送ってくれるそうです。ああ、アンケート用紙を配ってるときに、皆さんが特に壊れた橋を早く直して欲しいと仰っておられました」 「ありがとう。橋の件だけ先に瞑想通信で連絡しておくか…いろいろとすまないな」 「いいえ、どういたしまして……あら?」 彼女の声と視線に振り返ると、さっきまで授業を受けていた子供の一人が、なにやらもじもじしながら彼の後ろに立っていた。 「どうしたの、忘れ物かな?」 自分が、日頃は何をやっているか周りに不気味にすら見られているマッドサイエンティストであることは自覚しているため、授業の時にもましてなるべく優しく声をかけると、子供は恥ずかしげに包みを差し出した。 「あの、これ……畑でとれたんで、おかあさんが先生に持って行きなさいって。お口に合わないかもしれないけれど…って…」 包みを開けると、ほかほかと湯気を立てた芋が何本も入っている。 「ありがとう、これ先生の好物なんだ、すごく嬉しいよ。お母さんにもよろしく伝えてくれな」 その言葉に、子供はぱっと顔を輝かせ、頷くとまた軽い足取りで森の中に消えていった。 「一緒に食うかい? 茹でたてだよ。あの子、一生懸命走ってきたんだろうなぁ」 伊達なモノクル眼鏡に白衣の男と、きっちりスーツを着こなした美人秘書が、草原に座ってふかし芋を食べている図というのはなんとも奇妙な光景であったが、本人達は気にしなかった。 「避難先から帰ってきたばかりで、まだ生活も楽ではないでしょうに…あら、美味しい」 「気持ちが嬉しいよなぁ」 2人はしばらく無言で、大地の恵みを味わった。 「もっともっと、こういった一般の人たちの暮らしに入って、みなさんの希望や気持ちをきめ細かに上に伝えられたらいいですね」 「うん。こういった学校・地域のネットワークを縦にも横にも広げていこうと、知り合いの法官や護民官もそれぞれ国語や倫理の先生になって頑張っているよ」 「この国を、みんなでやれることからやって立て直しているんですね」 「信頼を取り戻すには、まず自分たちから行動して、肝心なのはそれを続けることだ。先は長いな」 大事に最後まで食べ終わると、夕方の訪れを告げる少し涼しい風を感じながら2人は立ち上がった。 「さて、じゃあ診療に回ろうか。あと少しがんばってくれ」 「了解です、ドクター」 素朴な心づくしの味にエネルギーを充電した2人は、背筋を伸ばして再び仕事へと向かった。